私たちは「食べる」ことで生命と心身の健康を維持している。日々の食物で 体が作られ、体力を高め、治癒につながることはよく認識されており、洋の東 西を問わず古来“食医”が重要とされていた。また、食と美味しさ、楽しさを 通じた工夫や歓びにより豊かな暮らしと文化が形成され、人間社会全体で健康 長寿を追求してきた結果として多様な食文化と人類の繁栄がもたらされた。

しかし現代では便利な生活が手に入る一方で、食べ物や環境も大きく変化しつつあり、健全な身体と文化社会を維持するための食をあらためて考える時期 が訪れているといえよう。事実最近の50年ほどにおいては、生活習慣病としての炎症性疾患の急増が世界的に深刻な課題となっており、日々の身体を作り、 守る、「食」を通じたソリューションの可能性は保健医療の観点からも大きな注 目を集めている。また、科学技術の発展に伴い平均寿命が顕著に延びていることも事実であり、人生100年時代といわれるなか長年にわたるヘルスケアを 実現できるのもまた食でしかなしえないことと思われる。とりわけ日本においては、老年人口の割合がさらに増大していくなか、次世代に向けても早急に、 新しい予防医療の考え方と技術を、“食・食文化に連動させて”確立する必要がある。

そのような背景のもと、世界的にも最先端の食科学・食文化・健康医療情報 を、社会・文化、そしてひとりひとりの健康に向けて正しく提供して広く共有 していくことが必要である。さらに、生活者および企業がそれら知見を積極的 に理解し、応用して質の高い生活を実現していくための活動を支えるプラット フォームを形成する意義は大きい。

このプラットフォームでは、食を通じたヘルスケアという、今後ますます重 要となってくる領域に向けて何を考え、実行していけば良いのかについての情 報と指標を迅速に提供することができる。文理各領域のエビデンスに基づいた 情報を提供する活動を行う中で、家庭の食卓、中・外食産業、農業や食品産業 が社会で果たす意義や使命、目指すべき方向について答えを導いていくことが できる。そしてその導きの中で多くのソルーションが提案される社会となっていけば、すべての生活者が食の持つ意義について自分自身の課題として考え、 理解し、次世代のためにも実践していくことができる。日本では家庭の食卓に も急速な変容がもたらされており、食の安全、機能性、食文化とコミュニケー ション、どの点を取り上げても早急に対策が講じられることが望まれている。

我々は(1)文理各分野の研究者・技術者からの科学・文化に関する情報を、 (2)暮らしを支える料理人、臨床家(医師、管理栄養士等)、スポーツトレー ナーなど現場の実践者と(3)食薬メーカーや農家など食素材の提供者、さら には(4)教育・学習の場を提供して啓発を促進するアカデミアや企業に共通する概念として共有し、相互に協力しながら、食を通じた論理的な方策の確立や実証を進め、社会の中で最適なソルーションを見出していく活動を提案する。 そのようなしくみの確立は国民の文化的で健康な暮らしをサポートするのみな らず、国家的な社会経済への取り組みとしても極めて重要であろう。

たとえば、あらたな健康指標として現在世界で注目を集めている腸内細菌叢 など腸内環境も、もとをたどれば長年親しんだ食文化に応じて地域ごとに形成 されてきたものである。不適切な食事やストレスなど生活習慣により腸内細菌 叢の乱れが誘発され、炎症性疾患、肥満、動脈硬化、糖尿病など多くの生活習 慣病とも関連するとされているため、科学的根拠に基づいた食生活のデザイン、 それを可能とする様々な食材や経腸剤の開発の価値は、世界的にますます高く なると期待されている。すなわち経済的な価値も極めて高い。

最後に、このような食によるパラダイムシフトの推進において大事なことは、 美味しさ、楽しさと食文化の継承の中でそれを実現していくという点である。 地域の歴史や風土に根付いた土地ごとの伝統的な食文化や食材を科学の目で見 直し、その素晴らしさを理解するとともに、次世代へつなげる上での科学的な 視点を持つ。そのような新たな食文化、食による健康な暮らしの構築を、(機 能性食品の概念の発信がそうであったように)まずは日本から、そして世界の 仲間へと広げていく活動を議論し実現することで、地球上の文化の多様性を守り、地域に適した健康科学の理を確立するのである。

広く国家国民の期待に十分応え、積極的かつ恒常的に活動していくためにも公共的機関として運営推進される国立研究開発法人 産業技術総合研 究所、ヘルスケア・サービス効果計測コンソーシアムに拠る組織としてフ ードメディシンネットワークの設立を発起する。

2019年2月15日

代表 辻 典子

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
上級主任研究員 免疫恒常性研究特別チーム長
株式会社腸管免疫研究所 科学アドバイザー